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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)8149号 判決

原告(反訴被告)

野口力

右訴訟代理人

金丸弘司

被告(反訴原告)

ロツテ観光株式会社

右代表者

金基炳

右訴訟代理人

羽柴隆

右訴訟復代理人

古城春実

主文

一  原告(反訴被告)の訴を却下する。

二  訴訟費用は本訴・反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(本訴について)

一  原告

1 被告(反訴原告、以下「被告」という。)は原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、金二二八万七三〇〇円及びこれに対する昭和五一年一一月一三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  被告

(本案前の申立)

1  主文第一項同旨

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(本案の申立)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(予備的反訴について)

一  被告

1 原告は被告に対し、金一七五万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  原告

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二  当事者の主張

(本訴について)

一  請求原因

1 原告は、昭和四六年ころから、旅行社の顧問として、海外旅行の企画・指導等の業務に携つている者である。一方、被告は、大韓民国(以下「韓国」という。)において設立された法人であつて、ソウル特別市に本店を置き、主として観光旅行業を営む株式会社である。

2 原告は、昭和五〇年一〇月二六日、韓国において、被告との間で、大要次のとおりの契約(以下「本件仲介等契約」という。)を締結した。すなわち、

(一) 訴外社団法人全国農協観光協会(以下「全農観光」という。)と被告との間に、日本から韓国への観光旅行客の継続的送客契約を締結するにつき、原告はその仲介をする。

(二) 右仲介が成功し、全農観光と被告との間に継続的送客契約が成立したときは、被告は原告に対し、仲介報酬金一〇〇万円を支払う。

(三) 右旅行客の利用する料亭は、原告が指定し、また、被告は原告に対し、全農観光の送客した旅行者一人につき五二ドルの報償金を支払う。

というものである(なお、右(三)の報償金は、旅行者が被告の勧める料亭や土産物店を利用することにより、被告が右料亭及び土産物店から受け取るリベートを考慮して定められたものである。)。

3 原告の仲介により、昭和五一年三月末日ころ、全農観光と被告との間に、全農観光は被告に対し、専属的に訪韓観光旅行客を送客し、被告はこの旅行業務を責任をもつて行う旨の契約が成立し、これにより、原告は被告に対し、右仲介報酬金一〇〇万円の支払請求権を取得した。

4 (一)原告は、昭和五〇年一一月中旬ころ、韓国において、被告との間で、訴外株式会社越智運送店関係者(以下「訴外越智運送店観光団」という。)の韓国旅行につき、その旅行業務を被告が取り扱うこと、その際、旅行客の利用するホテルは被告が、料亭は原告が各指定することを内容とする旅行業務請負契約を締結し、原告は、昭和五〇年一二月二八日から二泊三日のスケジユールで訴外越智運送店観光団五七人を韓国に送つた。

(二) ところが、被告は、右契約締結後、原告に対し、訴外越智運送店観光団の利用する料亭を被告が指定したいと申し出たので、原告がこれを拒絶したところ、右旅行団の旅行業務を取り扱うことを拒否した。

(三) 原告は、訴外越智運送店から、右観光団の送客に関し、旅行業務全般を一定の金額で請負つていたので、やむなく右旅行団の旅行業務を訴外東洋航空旅行社(以下「訴外東洋航空」という。)に依頼したところ、旅行費用につき、被告との間では、(イ)グランドチヤージ(二人一室の宿泊料金、現地での交通費一切、滞在中の朝、昼食費、観光名所の入場料金、出国料等を含む料金の総称)が、一人につき、三六ドル、(ロ)一人部屋追加代が一人につき一六ドル、(ハ)料亭宴会費が一人につき一八ドル、(ニ)飲料費は各人支払いの約定であつたが、訴外東洋航空との間では急を要したため、(イ)グランドチヤージ一人につき四六ドル、(ロ)一人部屋追加代一人につき、二〇ドル、(ハ)料亭宴会費一人につき、二五ドル、(二)飲食費一〇九ドルはすべて原告負担、ということになり、原告は、本来なら不必要であつた右の差額(原告を含めて五八人分)合計一三二七ドルの支出を余儀なくされた。被告が旅行業務を拒否すれば、右のように、原告が予定外支出をしなければならないことは、被告も知悉していたものである。

右のとおり原告の被つた損害は被告の債務不履行によるものであるから、原告は、被告に対し、右金一三二七ドルと同額の損害賠償請求権を取得したものというべきである。

(四) また、原告は、被告に対し、右訴外越智運送店観光団五七人を送客したから、前記本件仲介等契約に基づき、右旅行客一人につき、五二ドルの割合による送客報償金合計二九六四ドルの支払請求権を取得した。

5 よつて、原告は被告に対し、右合計金二二八万七三〇〇円(ドルについては、一ドルを三〇〇円に換算した金額)及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで、大韓民国商法第五四条に定める年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の答弁

原被告間に、本訴状提出後である昭和五一年一二月五日、韓国において本訴に関し、①被告は原告に対し、和解金一七五万円を支払う、②原告は被告に対し、今後一切金銭の請求をしない、③原告は、本件訴を取り下げる旨の和解契約が成立し、被告は、右和解の席で、原告に対し、右和解金一七五万円を支払つた。

よつて、本訴は訴の利益がないから却下されるべきである。

三  請求原因に対する被告の認否

1 本訴請求原因1の事実のうち、被告が韓国において設立された法人であつて、ソウル特別市に本店を置き、主として、観光旅行業を営む株式会社であることは認めるが、その余は知らない。

2 同2の各事実のうち、韓国において、原被告間で全農観光と被告との間に、継続的送客契約を締結するにつき、原告がその仲介をする旨の契約を締結したこと及び右仲介が成功したときには、被告は原告に対し仲介手数料金一〇〇万円及び全農観光の送客した旅行客につき報償金を各支払うことを約したことは認めるが、その余の原告主張の契約内容については否認する。右報償金は旅行客一人につき、二ドルの約束であつた。

3 同3の事実のうち、被告と全農観光との間に、継続的送客契約が成立したことは認めるが、その余の事実は否認する。右契約は原告の仲介によつて成立したものではない。

4 同4の事実のうち、原告と被告との間で、訴外越智運送店観光団五七名の二泊三日の韓国観光旅行について被告が旅行業務を行うこと及びその場合、旅行客の費用は一人当りグランドチヤージ三六ドルとする旨約したこと、ところが、原被告間に指定料亭をめぐつて紛議が生じ、原告が右旅行客の旅行業務を訴外東洋航空に依頼したことは認め、その余は否認する。原告が指定し得る料亭は、被告が韓国政府から割り当てられている三つの料亭に限られるべきことが契約内容になつていたところ、原告が指定した料亭清豊は右に定められた以外の料亭であつた。

5 同5の事実は否認する。

四  被告の抗弁

1 本件仲介等契約は、準委任契約であるから、各当事者において何時でも解除し得るものと解すべきところ、原告は、昭和五〇年一二月二三日、被告代表者金基炳に対し口頭で右契約を解除する旨意思表示した。仮りに、そうでないとしても、原告及び右金基炳は、右同日、右契約を合意解除し、或いは、右金基炳が原告に対し、右契約を解除する旨意思表示した。

2 仮りに、右契約の効力が存続し、かつ、原告の主張する旅行客一人当り五二ドルの報償金支払約束があつたとしても、原告は、右報償金内金五〇ドルについては、被告が旅行客に勧誘し利用させた料亭及び土産物店から受け取るリベートを考慮して定められたと主張するところ、当時、韓国政府は被告のような旅行業者が料亭及び土産物店からマージン、リベート等を受け取る不条理を一掃するため、旅行業者に対して強い行政指導を加えていたから、原告主張の多額のマージン支払約束は、大韓民国民法第一〇三条の規定により無効というべきである。

五  被告の本案前の答弁に対する原告の認否

被告の主張事実はすべて認める。

六  被告の本案前の答弁に対する原告の主張

被告主張の和解契約を締結するに当り、被告は、本訴における原告の主張事実をすべて認め、かつ、原告に対し、全農観光を通じての韓国観光旅行客の客数は二〇〇人である旨告げた。そこで原被告間で折衝した結果、被告が原告に対し、旅行客一人当り、二ドルの報償金を支払う旨の合意が成立し、右二〇〇人に一二ドルを乗じた合計金二四〇〇ドルを基礎に和解金を算定したが、原告が帰国して調査した結果、被告の右説明は、全く虚偽であり、送客員数は数百人にのぼることが判明した。従つて、右和解は、原告において、要素に錯誤があつたというべきであり、また、右原告の意思表示は、被告代表者金基炳の欺罔により原告が誤信してなされたものであるから、大韓民国民法第一〇九条、第一一〇条一項により原告は昭和五一年一二月末日ころ、被告に対し右意思表示を取消す旨の意思表示をし、そのころ、被告に到達した。

七  被告の抗弁に対する原告の認否

抗弁事実はすべて否認する。

(予備的反訴について)

一  請求原因

1 原告は、昭和五一年一二月五日、韓国において、被告との間で前記和解契約を締結し、同日被告に対し、右和解金日貨一七五万円相当の金員を支払つた。

2 ところが、原告は、本訴において、右和解契約は原告に要素の錯誤があり、仮りにそうでないとしても、被告代表者金基炳の欺罔による誤信の結果締結されたものであるから、大韓民国民法第一〇九条、第一一〇条一項により取り消したと主張している。

3 仮りに、原告の右主張が認められるのであれば、本訴における被告の妨訴抗弁は理由がないことになるが、その場合には、前記和解契約は無効か又は失効しているのであるから、原告は、被告の前記和解金の支払により法律上の原因なく右金員を利得したことになる。

よつて、被告は、仮りに本訴に対する本案前の申立が却下されるときは、前記不当利得金一七五万円及びこれに対する原告が右受益について悪意となつた後である反訴状送達の日の翌日から支払ずみまで大韓民国民法所定の年五分の割合による利息金の支払を求める。

二  反訴請求原因に対する原告の認否

1 反訴請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実も認める。

三  反訴請求原因に対する原告の抗弁

原告は、大韓民国民法第四九二条一項に基づき、昭和五三年一月二三日本件第一三回口頭弁論期日において原告の被告に対する本訴債権をもつて、被告の原告に対する本件和解金の返還請求債権とその対当額において相殺する旨意思表示した。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原被告間に、本訴状提出後である昭和五一年一二月五日、韓国において、本訴に関し、①被告は原告に対し、和解金一七五万円を支払う、②原告は被告に対し、今後一切金銭の請求をしない、③原告は、本件訴を取り下げる旨の和解契約が成立し、被告は、右和解の席で、原告に対し、右和解金一七五万円を支払つた事実は、当事者間に争いがない。

二原告は、右和解契約は、被告代表者金基炳が原告に対し、和解金の算出基準となつた旅行客数が数百人に達していたにもかかわらず、二〇〇人余であるように告げて原告を欺き、その旨誤信させたうえ成立させたから、右契約は詐欺又は錯誤に関する大韓民国民法の規定に従つて取り消した旨主張するので判断する。

ところで、右訴の取り下げ契約は、和解の成立及び和解金の支払を確認し、これを動機として締結された単純な訴取り下げ契約と解すべきところ、その準拠法について明示の定めはない。前記のように行為地は韓国であるが、法律行為の成立及び効力に関する準拠法を定めるについては、当事者の明示の意思表示がない場合においても直ちに行為地法がその準拠法となるものと解すべきではなく、契約締結の動機、契約の性質・内容その他諸般の事情から当事者の黙示の意思が推定されるときには、これによつて準拠法を定めるべきものと解するのを相当とするところ、右訴取り下げ契約は、その義務の履行地である日本国において訴取り下げの訴訟法上の効果を生ぜしめることを目的とするものであるから、当事者は、日本法を右契約の準拠法とする意思であつたと推認するに難くない。従つて、本件においては、法例第七条一項により日本法に準拠して、右契約の成立、効力、意思表示の瑕疵の要件等を決すべきである。

そこで、右訴取り下げ契約が日本民法上契約の無効、取消事由が存するかどうか検討しなければならない。

〈証拠〉を総合すると、前記本件仲介等契約によれば、被告は原告に対し、送客一人につき二ドルの報償金を支払う旨約されていたこと、右和解契約締結のころまでに、全農観光関係の観光客は数百人に達していたものの、右和解金を定めるについては、双方円満に本件紛争の終息をはかるため、総金額について折衝があつたのみで、その算定基礎については格別子細に検討を加えるようなことはなかつたこと、従つて、送客数が和解金算出の一つの基準にされるようなことも全くなかつたことが認められる。原告(反訴被告)本人の供述のうち、右認定とくい違う部分は採用することはできず、他に、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、原告の前記詐欺又は錯誤の主張は失当として排斥を免れない。

三ところで、前記のように、訴の取り下げに関する合意が成立した場合においては、我国の民事訴訟法上原告は権利保護の利益を喪失したものとみうるから本訴は却下を免れないものといわなければならない。

四よつて、原告の本訴訴を却下し、訴訟費用につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(永吉盛雄)

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